25 私のもう一つの記念日
以前から5/21を「カナダに出発した記念日」として話をしていますが、その一か月前の4/21は、もう一つの記念日・・・というか、ワーホリの時、 長く暮したPEIを去った日がこの日だったのです。
ワーホリ終了日一か月前にPEIを去り、大陸横断をしながら、日本に一番近いバンクーバまで向かい、そこから飛行機で帰国・・・というプランでした。
ぎりぎりまでPEIに残るかと、ずいぶん悩みましたが、やはり、他の地も見ておきたかったのと、この滞在中に知り合えた方々と再会したかったのです。
時が過ぎ、つくづく、あれは正解だったと思っています。若かったから出来た、バスで何日も揺られた旅・・・私の人生の宝の一つです。
とはいえ、PEIを去る時、辛かった・・・けれど、ボーデンからフェリー(※)に乗り、だんだんと遠ざかるPEIを観ながら、不思議に、心が晴れていたのを感じました。
何故なら「これは終わりではなくて、これからまた、PEIに戻ってくるための始まり」という気持ちが溢れていたからでした。
「住んでみたい土地」への想いがある人たちは世の中に多いと思います。でも、実際に暮らせる人ばかりではない・・・仕事を辞めるとか、数々の現実をクリア出来ないとなかなか難しい・・・
だから、それが出来たという事への感謝の気持ちが満ちていたんです。きっとフェリーの上で、私は良い顔をしていたと思います。食事もばくばく食べられたし(笑)
それに「住んでいます」はもう一生言えないかもしれないけれど、「住んでいました」という称号もあるし!
それから、フェリー到着地からバスに揺られて向かった、最初の滞在地・フレデリクトンで、温かい友達一家の笑顔の迎えられた事・・・有難かった・・・
結局、私が一番救われたのは、このフレデリクトン初め、訪れる地で、迎えてくれた人たちの笑顔だったのだと思います。これは、時が過ぎた現在でも全く同じ。
運動神経の悪い私が、長時間フライトでやっとこさ、トロントに着き、寝るかと思いきや、荷物をホテルの部屋に投げた後は、その足で、YUKAZINEさんご夫妻や、スカボロ・ファミリーに会いに行く、自分のそのエナジーを見つめる際、思うのです。
私には「これ」がある。日本での仕事の地位とか、家柄とか、そういった表面のものではなく、私自身を待っていてくれている人たちに何時も救われているんだと・・・
4/21は、5/21と同じだけ、周りの人たちの有難さを思い返す日となっております…感謝!
※ボーデンからのフェリーは、本土とPEIを結ぶ橋が出来たのと交代で、現在は廃止となっております。
(2010.4.21記)