12 会津白虎隊の軌跡

会津白虎隊の軌跡を受け入れた日。

歴史は好きな方なのですが、ずっと直視するのを避けてきた出来事がいくつかあります。うち一つが、幕末の少年隊士の悲劇「白虎隊」でした。実際には周りの家屋が焼けていたのを、遠目で見た彼らの目には、主君の城が焼けた=落城に見え、その場で武士として自刀されたという、時代が生んだ悲劇のひとつでした。その時、彼らは皆、16〜17歳程の少年でした。

かなり前に、テレビドラマで(何のドラマで、どなたが出演されていたかも覚えていないのですが)この白虎隊の隊士達が、絶望の中自刀する場面を見てからは、時代とはいえ、あまりにも気の毒で、その後直視できずにいました。多分、そのドラマを観たのがまだずっと若い頃だったからだったからなのでしょう。戦争の事実とかは、どんなに辛い史実でも目をそらしてはいけないと思っているくせに、この白虎隊については無理だったのですから・・・

ですが、9月の下旬に携帯電話に入ってきた芸能情報station(携帯電話会社が配信するニュースや情報)が全てを変えました。

そこにあった情報「NEWS山下智久、初の時代劇新春ドラマスペシャル白虎隊に主演」その日の会社の休み時間にスポーツ新聞の芸能ニュース欄にて早速チェック。今回は、生存者が主役のこれまでの白虎隊ドラマとは違った視点からのものになるということでした。視点が違うと言うこともありますが、何よりも、やまぴーが出るんだったらやまぴーファンとしては、話の内容が辛かろうが、何だって観ない訳にはいかない〜!!!

その後、クランクインされたドラマの情報は、スポーツ新聞やテレビ番組雑誌、そしてやまぴー自身が、毎日ジャニーズ携帯サイトに連載している日記を介して少しずつ入ってきましたが何分私には基本知識が無い。やまぴーは毎日撮影に全力投球されているのだから、私も全力投球で観たい。故に、これはノンフィクションなのだから、多少は史実を頭に入れて観たい・・・と、これはファンならではの方程式かも知れませんが、とにかくそういうことで、だったら、白虎隊の故郷、会津に行って来るのが一番と、11月中旬紅葉が終わりに近づいた最後の秋色の輝きに満ちた会津に行って来ました!

当日は、朝5時に出発。歴史好きの親と一緒に早朝の高速を4時間程かけて、磐梯山を拝みながら会津に到着。その後、白虎隊とは切っても切れない、やはり一つの時代を生きた若者、新撰組の近藤勇のお墓→飯盛山(白虎隊士のお墓と、自刀された場所、白虎隊記念館がある)→若松城(鶴ヶ城)のルートで回りました。

1.近藤さんの墓前にて

近藤勇さんのお墓は、その菩提寺の裏山を随分を昇ったところにありました。ちょっと離れすぎじゃない?と感じるところですが、恐らく、静かに眠れるようにあえて目立たないところにという、土方歳三さんの共に時代の為に戦った同士としての配慮があったのではないかと個人的には感じました。

2.飯盛山・・・

長い階段を登り切ったその先に、彼らはもう戦いの無い、静かな眠りについていました。訪れた人々の手で供えられた、お線香の煙が服にしみついて、なかなかにおいが消えない・・・そんな深い祈りに包まれた場所でした。正面に自刀した隊士達、向かって右は、戦地で散った隊士達のお墓、そして左は
全ての少年隊士達への慰霊碑・・・個人の墓標にそなえられた花は、その方のご親族様が供えたものだったのでしょうか・・・私が胸を詰まらせられたのは、正面に供えられたヤクルト飲料を見た時でした。一瞬「まあ、墓前なのに、お酒ではなく、ヤクルトだなんて、微笑ましい・・・」と思った直後に、はっとしました。そう、彼らは墓標に刻まれた享年16・17歳のままなのです。お酒は飲めないのです。そんな若くして散ったのです。

3.もう一人の隊士

墓前から道づたいに少し歩いたところが「自刀の地」なのですが、その途中に、自刀した隊士の中で唯一蘇生し、白虎隊の悲劇を後生に伝えた飯沼貞吉さんのお墓がありました。そこの説明文には仙台で没されたとありました。それでも、会津に戻ってこられた・・・此処で感じた重みは、それはそれは重きものでしたが、大いなる絆を感じたのは言うまでもありません。人を切らなければいけなかった時代にもそう言った暖かなものがあった事が、ただ嬉しいと感じます。

4.自刀の地・・・確かにお城が焼けて見えたはず・・・

その地には、慰霊碑と、実際に隊士達がお城を観た方向が、白虎隊士がその方向を見つめている石像にて示されていました。お城を囲む木々と、現在の建物で最初は分かりませんでしたが、一度見つけると良く判りました。遠目に天守閣が見て、周りは木々に囲まれています。実際の火事の際、その木々も燃えたかも知れません。「う〜ん、これでは煙がもうもうと上がったら、城が燃えていると見えるだろう
なあ〜」と、訪れた人達は口々に言っていました。現在の様に携帯電話がある時代ではありませんから、目で見た炎だけが情報でした。その、お城が燃えた・・・落城の現実を目の前にした時の、彼らの絶望を思うと、本当に心が痛みました。

そして、現在の時代は、そう言う人達の犠牲の先に成り立ったものだと言うことを、5年前に知覧(第二次世界大戦時特攻隊士の祈りの地)を訪れた時と同じだけ感じました。

5.記念館・・・生きた証

白虎隊や、新撰組など、時代に翻弄されながらも精一杯生きた方々の、正に生きた証がそこにたくさんありました。やまぴーが今回演じる酒井峰治さんが実際に書き残した手記も、後年の写真と一緒に飾られていました。生きた自分の役目だと思って書かれたのでしょう。びっしり書かれた手記は約5千字で、これが印刷された物が販売されていたので購入いたしました。

この、新春ドラマの告知が館内の数カ所に貼られていました(親にこの告知を観ながら話をしていたら、館の職員さんがコピーを下さった)。この時に知った事ですが、この記念館は元々は、個人の方が会津藩の悲劇を後生に正しく伝えるべく、私財にて建立したものとのこと。ドラマになると、多少の加筆はやむを得ませんが「伝える」という意味では、今回のドラマは、人気芸能人が演じることもあって、特に若い世代に伝わることをきっと期待されているのだと感じました。

この記念館でも、この後訪れた若松城でも、ドラマの話をしている人達が居て、現代の時代にメディアが果たしている役目の大きさを感じました。

6.記念館前の酒井さんの銅像

今回のドラマでも描かれているそうですが、山ピー演じる酒井峰治さんは、途中で隊とはぐれてしまい、その後、愛犬との再会で「生きる」道を決心されたというエピソードがあります。その、愛犬との再会場面が銅像として記念館脇に飾られています。現在の日本では言うまでもなく、自ら命を絶つなんて、とんでもないこととされていますが、かつて、長きに渡って、戦士達の間では、場合によっては潔く死ぬことが良しとされていました。そんな時代の中で、生きることを選んだことは、大変な勇気があったことでしょう。そんな勇気を後生に生きる私達も持ちたいと願いそこを後にしました。

7.若松城(鶴ヶ城)の天守閣

外から見る限りでは、そんない背の高い城という印象ではありません下が、天守閣に昇った時の寒さに、かなり高いところまで昇ったのだと実感しました。白虎隊の時代は今よりも寒かったでしょうから、殿様は夏しかここには上がれなかったんじゃないかなあ〜と何となく想像。

飯盛山の方は、天守閣からは良く見えました。よく見える分、とっても切なかったです・・・

お城の中は、会津とお城の歴史記録がぎっしりの博物館風になっていました。伊達家や上杉家が治めた短い間の事も記載があり、実に濃い内容でした。会津地方の紅葉は、前の週にピークを終えたとのことですので、観光としてはいわゆるシーズンオフに入ったといえます。ですが、時間などのタイミングも
あったのかもしれませんが、お城は凄く混んでいて会津の歴史について、人々の関心の高さを感じました。

8.感じたことが多すぎて・・・

本当は、今回の会津訪問で感じた白虎隊への想いなどを綴るつもりでしたが、あまりにも感じたことが多すぎて、なんだか上手く表現出来ていません(文才も乏しいので・・・)。ですが、本当に満足した一日だったことは言うまでもありません。

そして、精一杯生きることの意味を改めて感じました・・・

9.夢中になることは視野を広げるチャンス!

今回、私は長く目を背けていた一つの史実を受け入れ、その知識を得ることで更に自分の視野が広がったと喜んでいます。そのきっかけは、応援している人気タレントの山下君がドラマで演じるという事でした。

よく「人は何かに夢中になると、そればっかりを見て、視野が狭まる」という意見を言う方々に出会います。それは人それぞれの見解ですので、あえて肯定も否定もする気はありません。ですが、そういった意見を聞く毎感じるのは、その人が本気で夢中になれるものに出会えていないということじゃないかなあ〜ということです。

だって、何かに夢中になると、その関連のものにも目が行くと思うのです。ある物語を好きになったら、その作家さんの他のお話も読んでみようと思う人もいるでしょうし、その作家さんゆかりの地に行ってみようと思う人もいるかも知れない。その場所、その作家さんに出会う前には全く関心が無かった(地名すら知らなかった事もあるかも)のなら、そこで新しい場所を見て知った=視野が広がったという訳でしょう?

そうやって、自信の幅を広げてくれるものがたくさんあるのが、もうずっと前から人生を楽しくする一つの力のような気がしています。だから、ごめんなさい!最近は減ったものの、私を「オンリーPEIの人」で居て欲しいと思っている方々、又はそう頭から思いこんでいる人達の理想にはなれません(何
でそう言う風に願われている、又は思われているのかは、その方の見方の違いなのでどうこう言いませんが)。それはそれで幸せなのかも知れませんが、そうでいたいと思ったことは一回もありません。それに、PEIはPEIでも、私の見ているPEIは、夢の島とは違う・・・現在をそこで生きている人達だから。

実際に、夢のPEIで生きたい、アンの夢だけを見ていきたいと願っている人達の多くは、芸能人、特にアイドルネタを何故か嫌う傾向があるようですが、私は何時も仕事に全力投球で、周りへの感謝の気持ちを忘れないやまぴーと、いつも元気になれる楽曲をたくさん提供してくれるNEWSが本当に好きなの。ジャニーズアイドルファン歴も、実はもう10年です。隠していた事はないけれど・・・

いろんな興味でたくさんの事を吸収することが、PEIをもまた、いろんな視点で見て、その良い点をたくさん発見できる事にもつながると思っています。今回、会津を訪れて、そんな想いをまた新たにしました。新春ドラマが今からとても楽しみです。

追伸:私は専門家ではないので、歴史表記に微妙な誤記やずれがありましたら
ご容赦下さい。
(2006.11.19)

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