04 真の看護師の正義感

思い出・その3、真の看護師さんの正義感。

診療所勤務時代は、人間の命が大切と思っている私にはとても辛い日々でした。

医師や看護師のプライドが優先されて、例えば看護師から間違った薬の指示が来て、それを指摘して差し上げても、お礼の代わりに「看護師免許を持っている者の言うことにけちをつけた」となったほどでした。その際「では、その間違った薬をそのまま服用したとして、それで患者さんが死んだらどうするのでしょうか?」と問うた私に回答をしてくれた医療従事者は一人もいませんでした。(でもって、薬はしっかりキャンセルになるのですよ・・・)

ですが私の場合、幸いにもたった一人だけ、尊敬できる看護師さんと出会えて一緒に仕事が出来ました。彼女はベテランの正看護師さんで、患者さんの事を本当に大切にし、先に述べたの薬トラブルなどの時には何時も私をかばってくれました。そして勤務中である、ないに関係なくご自分の担当の患者さんではなくても、真っ先に駆け寄って力を貸せる人でした。

そして彼女は私以上に本当に正義感にあふれ、それ故にやはり私と同じで、他の人が平気で見て見ぬ振りをする出来事を放っておけずにいつも大変な思いをされていました。

ある日、他のスタッフのように処世術を上手く使ったり、本来いい加減である事を「融通」という言葉に置き換えて上手く問題から逃げるという事が出来ずに結果的に苦労してしまう自分について悩んでいた私に、こんな事を仰られました。「あのね、私も処世術とか、いい加減を覚えればそりゃあ楽になれるとは思うの。でも、今の『問題を見つけるとそこから逃げることはいけないことだと思ってしまう』これがもう私だから、処世術を覚えて楽になったところで、その時はきっと自分じゃない自分に余計にストレスを感じてしまうと思うのよ。世の中には、そういった人間も必要で、きっと私も貴女もその役目をもう貰ってしまって居るんだと思う。だから辛くても、他の人が是正出来ない事をやって行くしかないのよね・・・でもそれは良い事なのだから、胸張って欲しい」と。

彼女はやはり私のいた診療所の方針にはついていけずにご自分のやりたいホスピスの道に進まれました。やり甲斐のある毎日だそうです。こういった、真の看護師さんと、たくさんの人が出会えればと思います。この看護師さん(仮にOさんと致しましょう)には、実は私は患者としても一生頭が上がらない程の恩があります。

今から3年前に私は自らの不注意で左足に大火傷を負ってしまったことがありました。その当時、あるPEIファームスティの橋渡しをしていたのですが、相談されてきた日本人女性が、自分が掲げていた理想と現実の違いに何故か「私の思っていた通りの農場じゃない所にいる私って可哀想」と被害妄想になってしまい、その対応が大変だったのです。その事を考えながらカップに入ったスープをテーブルに置いたつもりが、考え事に夢中できちんと見ていなかったために、気がついたら左足に全部こぼれてしまい、和室に座っていた関係で、太股からふくらはぎまでに広く火傷をしてしまいました。

太股には大人のげんこつ2つ分以上の、ふくらはぎには1個分の大きな水膨れが出来てしまい、救急病院に駆け込んで応急処置して貰いました。その後の再来院時に、救急病院のドクターが、私の自宅か勤務先の近くの病院に通院できるようにと、火傷時の経緯を綴り、今後の対応はお任せするといった紹介状を書いてくれました。

当時、私は、内科・循環器科・人工透析・訪問診療の診療所とはいえ医療機関に勤務していました。その診療所のある医師が、未だ救急医師の判断で水膨れを破いていない私の足を「どれ、見せてご覧」と(たまたま多少の外科関連の経験が有ることもあってか)ちょっと診て処置内容を判断して、Oさんに水膨れを破く事をひっくるめた指示を出されました。(日本の現在の法律では、医師免許が有れば専門でなくても診察が出来る。現に、花粉症などのアレルギーで内科のドクターに目薬を出して貰ったり、腰痛の診断と治療を整形外科医以外から頂く人も多い事でしょう。)

ですが、かつて救急外来でたくさんの火傷患者の処置をしてきた経験のあるOさんは、「これだけの火傷はいくらドクターとはいえ、その道の専門医が主治医として付いてその診断を経て書かれた処置指示書がなければ、自分は処置をする訳にはいかない」と突っぱねられたのです。

これは勿論、言われてみれば正論ではあるのですが、医師同士でさえ注意しあえないあの世界で、医師より「格下」の看護師が、医師の指示をはねのけるということは、すごいことなのです。

でも、真の看護師で正義感の強いOさんはそれを通されました。ご自分が「看護師のくせに生意気な!」と辛い仕打ちを受けるかも知れないことを先刻承知で・・・(腕の良い看護師さんでしたので、一目置かれている部分はあったのですが)なので、私はちょっと遠かったものの専門医が二人居るという診療所へ行きました。

現在の日本では火傷は通常の切り傷などの3倍の処置料が掛かります。もしも自分の診療所で処置をするだけなら職員ということでそれは免除されます。(良い見方をすれば、最初に診断された医師はそれを考えておられたのかもしれません。)ですが、数万のお金と週一回のちょっと遠い形成外科通院(本来は毎日行かないといけないところだったのですが、Oさんと数人の外科処置の出来る看護師が勤務先にいるということで、毎日の処置は自分の診療所でする事を条件に週一回で済んだ)というだけの手間で、私は今では(さすがに自分ではどこだか分かりますが)人に言ってもその跡が分からない程のきれいな足を取り戻すことが出来ました。

そして、この一件で主治医になって下さった「専門医」とのある日の何気ない会話の中で偶然分かったことなのですが、もしもあの時Oさんがその知識がありながらも「先生の指示だから」と医師絶対主義で診療所の医師の指示通りのことをやっていたら、私は今頃黒いストッキングをはくか、ズボンをはかなければ外を歩けない結果になっていた可能性が大でした。

使用する薬は勿論ですが、大きな火傷の場合、その水膨れを破くタイミングというのは診断上大きいのだそうで、あえてすぐには破かないで、死んだ皮膚を水膨れの下に出来てくる新しい皮膚の保護に使用することが、その後に大きく係わるのだそうです。そして、その破いて新しい皮膚に処置をするタイミングの見極めは専門の医師でないとやはり難しいのだそうです。なので、結果的には彼女の患者第一主義、そして正しき事を通されるその真の姿勢が、私の足にげんこつ3つぶんの大きさの黒ずんだ傷を残す事から救ってくれたのです。彼女がもしもあの時、正しき事を通してくれなかったらと思うとぞっとします。

彼女はその後、決してその本来実績である事をご自分で口に出す事も、ましては恩着せがましいことを仰ることも全く無く、ご自身が求める医療体制のある病院に転職されていきました。彼女にとって、患者をご自分の精一杯で助けることは当然のことであったからです。

この、彼女が御身をもって教えてくれた事を今後の自分の人生に大きく役立てていきたいと思っています。何か良くない事があってからでは遅いのです。その何かが起こりうる可能や危険性を見極めることが出来たのなら、それを未然に防ぐ為に多少の苦労があってもやはり動かなければ、きっと何の意味もない。そして悲しい結果になってしまうのですから・・・
(2003.7.6)

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