03 かつてPEIの豆だった?
思い出・その2、私はかつてPEIの豆だった?
「その1」でちょっと書きましたが、私は今から8年前の1995年、カナダのPEIで暮らしていました。うち7月から9月の丸3ヶ月間、東部の村で労働ファームスティをしていました。
あえて農場を選んだのは、ワーホリの目的の大きな一つが「ありのままのPEIを経験したい」といったことと、英語を使わざるを得ない状況に自分を追い込むことでその上達をにらんだことでした。
日本でも農業は大変なように、カナダでも大変です。土地も広いし・・・この3ヶ月の間に本当にいろんな事がありました。でも、本当に大きな日々でした。詳しいことは「未来への切符」の項にてお話しするとして、ここではPEIイエロービーンズが私の前世だったらしいという話をひとつ・・・
「イエロービーンズ」とは、日本では一般的ではないのですが、カナダでは良く食べられている(缶詰にもなっている)いんげん豆の黄色版の事です。最初見た時、私は本気で「このいんげん豆枯れているわ」と思ったほどに、綺麗な黄色になります(笑)。勿論、緑のいんげん豆も別にあります。それらの木は摘んでも摘んでもまだ取れる程にたくさんの実を付けた後、一年でその使命を終えます。
私がいた農場は、ミックスファームと呼ばれる、一つ一つの規模は大きくないものの、広く様々なことを手がけている農場でした。此処の家のオーナー夫妻は本当に農業が好きで、見たことがない虫を見つけると図鑑で一生懸命調べたりと、とても勉強熱心でした。
そんな彼らから私が与えられた仕事は、畑仕事と、家の仕事、鶏のえさやりと鶏卵のチェックでした。昼間は大半、畑に出て、時期によって雑草取りをしたり、作物の収穫、もう実を付けなくなった作物の片づけなどをこなしていました。そんな毎日の中で、いつも怒られるというか、心配されていたことがありました。
実は私、たくさん実を付けて、毎週のように摘み取りをしていたイエロービーンズの世話をしていた時には、何故かたとえかんかん照りで気温が30度越えていても、帽子不要で、むしろあるとPEIの風を感じられないわとうっとうしかった程でした。もともと帽子をそんなに頻繁にかぶるほうではないのですが。買い物をしているわけではなく、日中のほとんどを畑でしゃがみ込んで植物の世話をしていた訳ですから、それこそ後頭部には容赦なく暑さが照りつけていました。でも、何故かぴんぴんしていて、日射病とも無縁でした。そんな私をはらはらして見ていたファームのみんな・・・
最初は、日本でも我が家は父の友人のお宅に畑を借りていて、作物を作っているその経験から、「私は他の人よりはかんかん照りに強いんだろう」くらいに思っていました。それと、35度以上の東京の夏に比べれば、せいぜい32・3度くらいまでで、からりと乾燥したPEIの夏は、私にはまだ楽だと思っていたこともあったでしょう。
でも、この道10年以上のファーマー達が本気で心配しているのだから、「これってやっぱりちょっと変?」と思い始めた私は、ある日「今日も帽子をかぶらないで、大丈夫なの?」と言ってくれるファームの家族にほんの冗談のつもりで、「大丈夫よ。だって私、人間に生まれる前はPEIのイエロービーンズだったんだもの」と言ったところ、回りは笑いつつも、普段が普段なので、いつの間にか「Emikoの前世はPEIのイエロービーンズ」が定着してしまいました!
でも本当に、あの私の帽子いらずを目の前にした人達には信じられるだけの事なんだそうです。(まあ、クリスチャンの島ですので、そもそも「生まれ変わり」の考え自体がご自分達の日常にあるのかは分かりませんが、どちらにしても東洋人のEmikoなら・・・と思われたのかも知れません。)
イエロービーンズ(をたくさん付ける木)だった頃の私はきっと冒険心豊かな豆の木だったのでしょう(どんな木だ?)。なのできっと、一年でその使命を終えた後に、PEIから遠く離れた日本の空の下に生まれ変わったのでしょうね。雨にも負けず、風にも負けないイエロービーンズ時代の強さを今ひとつ持っていないのが残念ですが・・・
もしもこの世に生まれ変わり制度があるとして、それが希望制だとしたら、イエロービーンズ時代はさておき、私はもう生まれて来る気はありません。理由はたくさん有りますが、大きく分けると3つ。
ひとつは、そんなこと考える前に現在を懸命に生きる方が良いと思っているから。ふたつ目は、まっすぐな性格故に(良く言うと正義感と責任感が強い。悪く言うと融通が利かない)いつも人が平気で見て見ぬ振りをすることの尻拭いをするはめになっては人の何倍も苦労と損をしてしまう自分ではありますが、これが私である以上は、これを責任持ってやっていかなければ嘘になってしまうし、この私を「友達だ」「仲間だ」「日本の家族だ」と言ってくれる人達もそれなりにいるのでまあ、良いんじゃないかと思っている事。最後は、偶然にもSMAPの木村拓哉さんがエッセイで同じ事を仰っていましたが、どんなに喧嘩しても、やっぱり今の両親の元に生まれて来られたことを良かったと思っているので、他の人生はありえない、といったところでしょうか。
なので、もし生まれ変わり自体は強制なんだとしたら、今度はPEIのリンゴの木にでも生まれ変わって、移りゆく季節と時代を静かに見つめて行ければそれで良いです。他の人間としての人生は謹んでお断りいたします。
(2003.7.6)