01 沖縄戦が終わった日に
沖縄戦が終わった日に、祈りを込めて。
1945年の6月23日、今から58年前に、第二次世界大戦時日本で唯一の戦場となった沖縄戦がありました。テレビでは、追悼式を流し、かつて日本軍が隠れていた壕で、現在一般公開されているそれらがテレビに映ったりしています。でも、未だたくさんの方々が眠っておられるであろうたくさんの壕は放置されて、遺族が自費で身内であるないに関係なく掘っては御遺骨を集めて納骨堂に納めているそうです。(国は何をやっているのか・・・)
私は戦争で命を落とされた方々は、どこかで地球上の人達がみんな仲良くお互いの文化や習慣を尊重しながら暮らしていく、そんな未来を願ってその為に自らを犠牲にされた、そんな御気持ちがあったのではないかと思っています。勿論、当時の教育では「御国の為に死ぬのは本望」と言った、今とは違った意味での愛国心がありましたから、私の考えがあったとしても、意識こそしておられなかったかも知れません。でも、私はそう信じています。
人間とは愚かな生き物で、いけないことや、すべきではないこと、又、無視しては行けないことについてもそれを示す、たいていが悲しい実例である「前例」がないとそれを痛感することがなかなか出来ません。ストーカー規制についても、被害者が死ぬまでは事の重大さが分からなかったし、少年犯罪が深刻化しているのは誰の目にも明らかだったのに、何人もの幼子が命を犠牲にされて初めて法律改正となった・・・今日本で平和が尊重されている背景に、何ともたくさんの命が犠牲となったか・・・!
偶然にも今日、カナダのニューブランズウィックの州都、フレデリクトンの友人から、彼女の長男のハイスクール卒業写真がイーメールで送られてきました。58年前の人達がこんな民間レベルの国際交流を考えることは出来なかったはずですが、出来なかった現状とは別にそう言った未来が来ることをどこかで願っていたのかも知れません。私は、こういった私のささやかな、でも私にとっては大きな民間レベルの国際交流は、戦争で命を落とされた方々から渡された未来へのバトンのような気がしています。
戦争を知らない私が偉そうに「あの戦争で悪いのは誰と誰と・・・」何て事は言えませんし、恐らく、現在明らかになっていることも史実の一部なんだと思っています。きっと、語られていない事がたくさん有るはず・・・ですが、彼らが平和な未来を作るためにその御身を捧げたその想いがバトンとなって私達、現在を生きる人達に引き継がれている様な気がしてなりません。
戦後、私達の祖父母や両親の時代に、本当にたくさんの人達の努力が戦後何も無くなってしまった日本、もっと言えば資源の無い日本をここまでの経済大国に、豊かな国にしてくれました。それは国としての信用を作り、今では日本人は本当に簡単に海外旅行も出来るし、留学やワーキングホリデーなどの制度も充実しています。そんな現代を生きる私達は、何も天皇陛下から勲章を貰う様な大きな事ではなくて良い、本当にささやかな、でも心と心の通った国際交流の中で相互理解し、お互いの文化や習慣を尊重し合いながら学び、そして共に未来を歩いて行けるようにと願ってやみません。
これは私の持論なのですが、世界平和への一番の近道って、一人一人が海外に「大切な一人」を持つことなんだと思うのですよ。大切な友達のいる国と戦いたいとは、誰も思わないはず・・・
(2003.6.23記)