10 MISATOの歌に支えられて

10代の頃、歌手の渡辺美里さんのアルバムのイメージで作られたある同人誌をクラスメートに見せてもらったのがきっかけで、美里・ソングを聴くようになりました。彼女の歌の様々なフレームが、その時、その時の私に元気と勇気を与えてきてくれました。

“My Revolution”や”Teenage Walk”によって伝えられる、夢を追いかけるためにはたやすく泣いてはいけない、現実もきちんと見つめないと行けないというメッセージに支えられた10代の若き頃、社会の人間関係に悩むときには”eyes”に歌われている「一度も会えないまま過ぎていくはずの人に一言伝えたい“会えて嬉しかった”」と、こんな風にいつか思える日が来ますようにと願い、最近は”10 years”にある「あれから10年も、この先10年も」という言葉に重みを感じています。

ここ数年はひんぱんには聴く事はなかったのですが、先日、彼女が20年続けた西武球場(現在はこう呼ばないのですが、あえて呼ばせて下さい)での夏のコンサートが今年ファイナルを迎えるにあたって発売されたベストアルバムを聴き、今も又、元気を貰っています。

今回のファイナルコンサートには行けませんが、私にとっても西武球場でのコンサートには特別な思い入れがあります。と、申しますのも、私が観に行ったことのある同球場のコンサートは一回だけ。それも、20年の歴史の中で唯一天候不良のために途中中止となった、ファンの間では伝説になっている1989年7月26日のコンサートだったからです。あの日の事は忘れられません。

憧れていた美里さんの球場コンサート。その日はもともと曇り空でしたが、コンサートの前から雨が降り始め、止む気配がないままにコンサートの幕が上がりました。でも「雨天決行」とはっきりチケットに書かれていたこと、過去も雨に降られながらも、アンコールまできちんと行われていたことを知っていたことで、中止になるとはこれっぽっちも思っていませんでした。周りの方々もそうだった事と思います。

ところが、正確に何曲目でかは分かりませんが、これから盛り上がるぞ!という時に「天候が芳しくないのでこれにて中止」とのお告げが!「一番歌いたいのは私なんだけれど、分かってくれる?」と叫んでいた美里さん。正直、この時はまだ若かったこ ともあってか、裏切られた気がしました。雨天決行って書いてあるじゃない、大人が嘘をついて良いの?事前中止じゃないから当然、チケット代だって帰ってこないのに!美里さんは「私はみんなのこと、絶対に忘れない」と言ってくれたけれど、どう忘れないって言うの?・・・7月26日の代わりに行うつもり、と仰られていた数ヶ月後の東京ドームでのコ ンサートで「いろいろあった西武球場」と一言仰られただけの彼女に、私の友人は複雑な気持 ちだと話していました。けれど・・

翌年、雑誌のインタビューに答えていた美里さんの記事で、あの7月26日、ひどかった雷(ムーンライトダンスという曲に「遠くで雷が鳴った」という歌詞があるのですが、 この部分を歌われたところで偶然、雷が鳴った)が電光掲示板に落ちる恐れがあり、警察から中 止命令が出ていたのだと言うことを知りました。彼女とコンサートスタッフは、あくまで最後 まで行うご意向だったのでした。

そして、彼女は、「忘れない」という一言が真実であるとファンに伝えてくれまし た。あの中止宣告の場面とその前後の映像は映像作品として残りました。そして・・・これが一番 の贈り物ですが “jump”という曲に、あの日の私達を決して忘れないと言う意味の歌詞が込めら れています(美里さんの作詞)。

此処まで書いて・・・私も残せました。いつも元気を与えてくれる、美里さんへの感 謝の気持ちそして、特別なコンサートの思い出も又・・・

8月6日の最後の西武球場コンサート(今は猛屋根があるから雨天中止はあり得ない)の
映像作品が出たら、絶対に観ようと思っています。
(2005.8.3)

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